CHOCO★BLOGG 異文化間の子供に洗礼式はするべきかしないべきか?

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異文化間の子供に洗礼式はするべきかしないべきか?

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*写真は本文とは全く関係ありませんが、だいたいこんなイメージです。

保安官の地元サンタフェに滞在していると、彼の家族・親戚と会ったり集まったりすることが多い。ワインなんかを飲みながら、ネナたんにバウティスモ、すなわちキリスト教(ここではカトリック)の洗礼を行うべきではないのかというテーマがよく出る。アルゼンチンは、洗礼を受けた人々が人口の95%を占めるともいわれる、カトリック大国である。さらに驚くべきことに、この国の大統領になる人はカトリックでなくてはならない、と法律で決められている。

保安ママの彼氏は、やたら宗教好きな人で、いろんな宗教を勉強してる。そして敬虔なカトリックである。昨晩、彼の口からもこのテーマがついに出た。

この件に関しては私たちは子供ができる前から、生まれたばかりの自分の意思もない子に、親が勝手に宗教を押し付けるのは良くないという考えから、バウティスモはしないという意見で一致していた。同様の考え方で、幼児洗礼を行わないキリスト教の宗派もあるようだ。自分の意思を持つようになってから、洗礼するのはいつだってできる。宗教を持つことは個人の自由だから、尊重している。ちなみに保安官も、もちろん赤ちゃんの頃、洗礼式を受けていて、現在のローマ教皇が教鞭をとっていたこともあるプライベートスクールを卒業したという筋金入りのカトリックだ。しかし、学校で神道を徹底的に教えられた結果、逆にカトリックの脆弱な部分を学び取って宗教が信じられなくなってしまったらしい。

私の個人的な学び、経験からくる考えとしては、すべての宗教の教えの基本的なところは似ており、何か一つの宗教を信じる必要はない。ただ神はいる、というかむしろある、と思っていて、祈りや信じることの力、何か守ってくださるものはあると思う。神様というのは「何ものか」を崇拝するものではなく、自分の内面を信じ自分自身を神に近づけていく作業の果てにあるものだと思っている。そういう方法で、世界のすべての人が、自分を信じることができ高めていければベストなのだが、それって難しかったりもする。人間は弱いから。なのでそれを少し易しく理解するために、人は宗教を持つのかもしれないと思う。崇拝する「他者」と、誰か別の人によって書かれた、信じる「教え」があると説明がしやすくなる。ともすると負けてしまいがちな心が救われやすいし、生きやすくなる---というのが宗教の存在価値かなと思ってる。けれどそれがあることによって、戦争が起きたり、人々の争いがあることも確か。

でも、人生毎日少しずつ歩んでいけば「教え」は自分で自分の心に書ける。もちろん紙に書いてもいいんだけど。人によって気づきや学びは違うと思うし、人生でやるべきことは人の数だけそれぞれだし、人によって全然違っていいのだと思う。もしかしたら、ふと気づけばとある宗教の経典と全く同じようなことを学んでいるのかもしれないし、そうでないかもしれない。

そもそも、信じるとか神様がある、とかのコンセプトを理解するのに、宗教をひとつ学ぶことはとてもいいことだと思う。けれど本人の意思なしに、なんらかの宗教に洗脳するのはあまり賛成できない。特に小さい頃、様々なものを吸収しやすいときに教えるのはどうなのかな。となると、どうやってこの「神」「信じる力」などのコンセプトを子供に教えるかということが問題になってくる。私たちは2人とも、自分たちの子供が自らの意思で宗教を選ぶことにはなんの意義もない。でも、信仰の一般的なアイデアとしては、どうやって教えたらいいのかな。

私の通った幼稚園は、キリスト教だった。でも生まれ育った家はもともと仏教だ。お正月は神社にお参りに行く。日本は全般的に宗教にあまりうるさくない文化だから、そういった雑多なことも起きうる。ただ、私の中にある神様のコンセプトのもとになっているもののひとつはおそらく、幼稚園で教えられたキリスト教の話だ。また、おばあちゃんに教えてもらった、仏教や神道がベースになっている考え方が、信じることの大切さを教えてくれているはずだ。全く何も宗教のベースがない場合はどうやって子供はそのアイデアを蓄積していくんだろう?

「バウティスモは単なるお祝いパーティのようなものだから、深く考えずにやればいい。」

という人が周りに多いのだが

「そんな単なるお祝いのようなものなら、やる必要はとくにない。」

と思ってしまう。というと、カトリックの人たちは反対する。まぁ深く考えずにやればいい、と言われてやったところで、身近にいるカトリックの人たちにその教えを刷り込まれるというパターンも多いようだ。アルゼンチンのプライベートスクールは、カトリックの洗礼を受けていないと入れないところが多いし、当たり前なんだけど、教会で結婚式をする場合は双方ともカトリックでなくてはいけない。結婚式場内の教会もどきで、オーストラリア人のバイト神父が式をあげる日本で育ったものからすると、ちょっとカルチャーショックではある。

信仰に対しての考え方は私と保安官は本当に似ていて、今日もそれについて話していたのだが、私の考え方は宗教に詳しい保安官に言わせれば、仏教の考え方らしい。私は、無宗教だけれど、どれか一つの宗教を信じている人よりも、よっぽど信仰深い人間だと思うんだけど、とレリジョンという言葉を使って話したら、それをいうなら君はスピリチュアルだと言われた。なるほどそうなんだけど、スピリチュアルという言葉はなんか変な風に使い古されて、よっぽどうさんくさいものになってしまったなぁと思った。だって、ここにこうしてスピリチュアリティについて書いても、すっごいシンプルで簡単な個人の哲学についてのことなのに、怪しげなことを真面目くさって語っているとんちんかんな人みたいにみえるでしょ。

保安官がいつもいう、どっかから持ち出してきた宗教についてのお決まり文句があって

「宗教はおち◯ちんみたいなもの。どれだけ素晴らしいものが自分についてるか、誇りに思うのはもちろん良いこと。しかし人に語ったり見せびらかしたりするのは良くない。ましてや、自分の子供の口に無理やり突っ込むなんてもってのほか!」

私たちにとって宗教ってまさにその通りなんだよね。だから宗教を持つなとか持てとかどちらも言いたくないし、子供が自分が本当にしたいことはなんなのかの方向性へ考えを持っていけるように上手に誘導してあげられたらと思う。人間、自分と自分の考え、やってることに自信があればあとはなんとでもなると思うから。

ここらへんは、異文化間での結婚や子供のある人は特に、誰もがどこかで向かうことになる一つのテーマなんじゃないかな。

「バウティスモをしたほうがいいんじゃないか」「子供のために一箇所にさっさと留まるべきではないか」という話が誰かから持ち上がるたびに、論議てほどではないけど意見の交換をすることが多い。いつもそんなとき、ふと客観的に見て、リベラル対コンサバティブな会話になってるなーと思う。アルゼンチン人は自分の意見をしっかり持っている人が多く、その意思表示をすることに抵抗が全くない。さらに、自分の意見は絶対に曲げることはないが、それなりに人の意見を尊重して会話を持つ人が多いので、論議になると面白い。自分が、自分の娘世代に対し、コンサバ的な立場にたったとき、私たちは、どういう会話ができるようなじいさんとばあさんになるのかなーってのが割と楽しみではある。逆に、パパママ、どうして赤ちゃんの時、私にバウティスモしてくれなかったの!?と言われるかもしれないよ。


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とんちゃん

Author:とんちゃん
横浜生まれの千葉県育ち純日本人。2000〜2009年UKで暮らし、ある日北欧に呼ばれ旅したところ何故か南米人と出会う。ひらめきと風にまかせ第2の故郷スコットランドを後にし、2009年10月よりブエノスアイレスへ。縁あって住むことになったアルゼンチンを自分自身もっと知るためにも、誰かに伝えたい何か、毎日の出来事を書いています。時々ほったらかしのブログを継続して使っているので、初期の記事はスコットランドにいたときのもの。ブログの良いところはいろんなネットワークが広がること。いつも好奇心いっぱい、楽しいことと面白い出会いが好きです。どうぞよろしく!

気づけば2014年7月より家族でノマド生活中。現在サンタフェ、アルゼンチン。

保安:
うちの彼。アルゼンチン人。コンピュータギークのエンジニア。出会った時は学生、今はいわゆるデジタルノマド。

セサミもん:
うちの猫。2008年5月生まれのスコットランドにゃん。

ネナたん:
うちの長女。2013年12月5日ブエノス生まれの地球人。ネナ(スペイン語でちっちゃい女の子)たん、とはお腹にいた時の愛称。



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