CHOCO★BLOGG 2014年01月

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2014年、明けましておめでとうございます!

あけましておめでとうございます!

今年のブエノスアイレスは、40年ぶりだかの猛暑!?とかで大変なことになっている。。。そうです。新生児の子育てをさせていただいているので、生活の基盤が母乳製造&供給。すっかり世の中とかけ離れた生活を送っておりまして、

「いやー今日は本当に暑いよ~!!」

とか聞いても、

「ふーん」とか「へーえ」とかしかいえてない状況であります。。。

特に必要のない限り外に出ないので、室内常に25~26度に保たれた状態で、今年は夏を知らずに過ごしそう。せっかくの(!?)猛暑なのに。ガンガンに暑い夏に、キンキンに冷えたビール、プールにざばーん!は嫌いじゃないんだけど。

しかし、好きとか嫌いとか言ってる場合じゃなく、悪いやつがたくさんいて、インフラの設備がいまだまともになってないここアルゼンチンでは、猛暑にて冷房の使用率が上がり、電気が足りない状態になっています。

今どこのバリオで停電になっているかが一目でわかる便利な(?)ウェブサイト。

場所によっては、1週間も停電というところもあるそうで、この猛暑の中大変です。。。同じバリオでも、道を1つずれると電気があったりなかったり。重要建造物や、病院など、どうしても電気がなくては困るところと配線が同じだと、停電になりにくいとか。ブエノスで家やアパートを買うときは、そういうとこもチェックしなくてはいけないという…もしくは運を天に任せるか。熱中症で死亡者も出ており、80万人以上が影響を受けていて、停電に対するデモですら起きている状態なそうで、決して笑い事ではないんですが。

大晦日前の30日、スーパーに買い物に行きましたら、こんなことになってました。

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もはや世紀末を思わせる状況!

お肉のショーケースが空っぽ。冷凍食品のコーナーも何列か空っぽでした。猛暑で湿度も高いのに、店内には冷房が効いておらず、天井の電気も、消してある、を越えて、蛍光灯の半分が取り外してありました。野菜コーナーにも電気はなく、これから新年で買出しの時期だというのに、野菜はしおれていました。

じゃあお肉はどうするかというと、スーパーの人にほしいものを頼んで、裏の冷蔵庫から出してもらうシステム。要は、できるだけ節電をしてるわけだと思われ。電気が足りないので、商売もまともにできない。色んな人が迷惑をこうむってます。マクリ市長も、休暇を返上して、ブエノスに帰ってきたとか。

この停電、実は夏になるといつも起きるもはや「ブエノスの風物詩」なのですが、今年は特にひどいそうです。他にも、サケオと呼ばれるスーパーから品物を盗みまくる暴動など、12月のアルゼンチンは、ひっちゃかめっちゃかです。夏の間はこの街にいないほうがみのためかも。1月になると、バケーションシーズンになり、人が戻ってきて2月が終わり、そろそろ通常通り街が機能し始めるようになると、みな何があったか忘れて、1年がなんとなく過ぎる…という流れのような気がします。あともう少しで糸が切れそうだけど、だましだまし機能している不思議な国。

うちは、かろうじてまだ停電を免れています。普段の私たちなら、サバイバルはお手の物だけど、0ヶ月の新生児がいて、停電になったらどうしよう!!と、さすがに今回ばかりはビビッてるんだけど、30日の夜中ついに停電が!!保安官はこんな時も落ち着いて、外を見回し、「周りに電気がついているからこのビルの問題であろう。朝までには戻るはずだ。」と至極落ち着いて、万が一のためにお風呂に水を貯め。

「でも赤ちゃんはどうするのだ!」

ともはや焦って過呼吸になりそうな私(単に暑いから)を横目に

「さっきまで冷房ついてたから、しにゃーしない。少し暑くなったら、裸にすればよい。」

といって寝てしまいました。さすが、問題だらけのアルゼンチンで生きてきた人(?)、この向かうところ敵なしのアティテュードは、いざという時に慌てがちな私にとってとても助かります。私はといえば、こんな時に限って、ネナたんが寝ない。寝かせても寝かせても10分おきに泣いてはおっぱいをほしがる。いつもは出まくるおっぱいも、吸われ放題で品薄に…余計寝ない、のスパイラルに陥り、こっちが泣きたくなりました。朝の4時半ごろやっと寝てくれて、電気がないならどうせ腐るし!と半ばやけくそで、おっぱいのためにも、夜炊いておいたご飯の残りを平らげてから眠りにつくと、朝になって電気は戻っていました。

というわけで、今年の抱負。

予定外の出来事に若干弱い私。プランしてたことが急になくなったり、急に用事ができたりしても、あたふたあたふたしてしまいます。予定外でも想定外でも、どんとこい!!とすぐさま臨機応変に対応できる人間に近づいてみたい。そして、できれば、自分の価値観の範疇外の人や出来事にもうまく対処できるようになりたい。やってみよう。

1週間くらいたつと抱負も忘れてしまうかもしれないですが、今年も、日進月歩で頑張りたいと思います。2013年はお世話になり、どうもありがとうございました!2014年もどうぞよろしくお願いいたします。今年も良い年になりますように!


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アルゼンチンで出産・単なる記録&体験談 その3

アルゼンチンで出産…と言っても、初めての経験だったし、別にどこの国でも、日本でも、宇宙の無重力とかでない限りさほど変わらないと思われ、特にここだからどうの…って内容は微量かもですがあしからず!本当に単なる記録だし、すんごい長い上に、痛い辛いグロい話が出てくるので、苦手な方は以下、ぜひぜひスルーしてください~!

その2の続き…

******************************

私は手術をしたことがなかったから、体を切るのは怖くて、手術室に入ってからのことは良く覚えていない。疲労困憊していたし、目もほとんどずっと閉じていた。今思えば、そのお陰で、予定帝王切開よりも恐怖心が少なかったのかも。そのうち、下半身に麻酔を入れられ、胸から下が完全麻痺になった。「なんか私、さっきから麻酔かけられまくって薬漬けだわ~」とか頭の片隅でどこか客観的に思いつつも、麻酔のせいか、恐怖のせいか、体がずっと震えていた。でも、どうせもう逃げられない!赤ちゃんが入っていて、出たがっているんだから、出さないと!

保安官は、分娩室で、ガン開きのグロいオマタをみても全然ヘーキだったせいか、先生に見初められて(?)手術室への立会いも許可されたらしく、頭の左側の方にいてくれてた。手術を見て卒倒してしまう人も多いらしく、全員が入れてもらえるわけではないみたい。私はもちろんのこと、目の前にカーテンを引かれて、自分が切られている場面は見えないようになっているけど、保安官は、私のお腹が切られて、内臓を手でよけて子宮までたどり着いたりするところ一部始終を見たらしい。あとで、ものすごかったよ!!帝王切開のビデオ、ネットで探してみるといいよ!!と言われた。みたくねーつの!!と当時は思ったが、1ヶ月近く経過した今なら怖いものみたさで見てみたいかも?

半身麻痺しているとはいえ、切られるときには、何かしらの違和感があるんだろうなーと思って、うつらうつらしながらも、いつ切られるのがわかるだろう…?と構えていたのだけど、胸の下辺り、ちょうど麻酔がそこからかかっていないあたりに、何故か少し違和感があったくらいで、実際に切られる感覚は全くなかった。どこが切られたのか、アイデアも思い浮かばないほど。あとでみたら、しもの毛が全部剃られて、そこを横に13センチほど切られてた。帝王切開には、縦切りと横切りがあるらしいが、横は傷が目立たないように、という処置らしい。両脇は玉結びになっていて、片一方を切って、するするーと引っ張るカタチで糸は2週間後に抜糸した。ちなみに抜糸は全く痛くなかった。

午前1時55分に誕生。日をまたいでしまったため、4日に産まれていれば、ポーランドからの移民だった亡くなった保安官のおばあちゃんと同じ誕生日になるところが、外れてしまった。ネナたんの、「私はオリジナルで行くわ!」という作戦だったのかな。産まれたよ、との声とともに、目の前のカーテンが開かれ、へその緒がついたままの赤ちゃんがお腹から出てきた瞬間を見せてもらえた。赤ちゃんは、少し青みがかかっていて、手術室のまぶしい光の下、タオルで拭かれながら、おぎゃー!!おぎゃー!!と泣いていて、「生まれたての赤ちゃんって、あんなに大きな声で泣くんだ!!」と最初に思った。そして思わず、

「ちゃんといきんで産んであげられなくてごめんね…!辛かったね、苦しかったね。長かったね。やっと会えたねー!!」

と話しかけていた。そのシーンを見た、手術のアシスタントたちが感動してたとあとで保安官が言ってた。その話を聞いて自分が泣けた。

へその緒を切られたネナたんを、看護婦さんが私の顔元に持ってきて対面させてくれ、帝王切開だったからか、私の体力が赤ランプだったからか、カンガルーケアはなし。そのまま、保安官が赤ちゃんに一緒について、隣の部屋に入り、体重測定や、予防接種その他、異常がないかのチェック、書類作成などを済ませる。

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はぁ…やっと終った…。

吐き気がひどくし、意識が朦朧とするなか、主治医の先生が顔の近くにきて、「おめでとう!!」と言ってくれたのを覚えているのが最後、その後はずっと目を閉じたまま、気づけばストレッチャーを押されエレベーターに乗り、入院の部屋に到着した。麻酔のため自分の意思では体を動かせないので、看護婦さん2人がかりでベッドに載せてくれる。分娩で喉がかわいていたので、「水が飲みたい」と訴えるものの、手術をしたから、今夜は水も飲めないとのこと。そして

「今夜はしゃべったらだめよ。」

と言われる。体は相変わらずガクガク震えていた。

部屋にはすでに保安官がいて、私の到着を待っていたところ。

「赤ちゃんはどこ?」

「助産婦さんたちが、もうすぐ連れて来るらしいよ。」

と言ってる間に、生まれたての肌に白くかわいらしい産着を着せられ、新生児のケースに入ったネナたん到着。体重は3390グラムだった。デカイ!そりゃー出てこないわけだ。どこの助産婦だ、赤ちゃん小さいからするっと出てくるわよとかテキトーなことをほざいたのはっ!しかも、数回のエコー検査のときには、「標準より小さいけど、女の子だからこんなもんよ。」って言われてた。エコーの体重予測もあてにならんな…

助産婦さんが、赤ちゃんを私の胸の上に運んできて、「初乳をあげてね。」と言って部屋を去っていった。真夜中の病室。下半身麻酔で体が動かないので、保安官に手伝ってもらいながら、顔もまだまともに知らないわが子におっぱいをあげている自分がシュール。なかなかうまくいかないけど、なんとか吸い付いてもらえる。持てる力をすべて注いで、お乳を吸っている産まれたばかりの赤ちゃんの生命力に驚く。産まれて来るのも大仕事だっただろうが、おっぱいを飲むのも、小さな体には大変な仕事だろう。一方の私は体も動かないし、手術着のまま胸も出しっぱなしでそのまま寝る。。。

その4に続く…


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アルゼンチンで出産・単なる記録&体験談 その4

アルゼンチンで出産…と言っても、初めての経験だったし、別にどこの国でも、日本でも、宇宙の無重力とかでない限りさほど変わらないと思われ、特にここだからどうの…って内容は微量かもですがあしからず!本当に単なる記録だし、すんごい長い上に、痛い辛いグロい話が出てくるので、苦手な方は以下、ぜひぜひスルーしてください~!

その3の続き…

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翌朝、まだ麻酔が完全に切れておらず、体が思うように動かない。明け方、執刀医であり私の主治医である産科の先生が回診に来て、「おしっこはもうしたか」と言うので、「そんなこと怖くて出来ないし、したいという気持ちにもならない」というと、「点滴をずっとしているんだから、たまってるはずだ。したほうが傷みが和らぐから、今看護婦を呼ぶから、手伝ってもらってトイレにいったほうがいいよ!」とのこと。調子はどうだ、というので、下腹部が傷むし、ぐったりして動けない、というと「一番辛いのは今日だけで、明日からだいぶよくなるから大丈夫!」と言われる。

しばらくして看護婦さんがやってくる。放心状態でおっぱいも丸出しになってるままの体を看護婦さん2人に支えてもらいながら、トイレに行く。このときの看護婦さんの心のこもったお世話はホント身にしみた。看護士って素晴らしい職業だ!優しく話しかけながら、おしっこと、悪露の世話をしてくれて…またベッドに返してくれ、持参していたパジャマに上手に着替えさせてくれた。先生の言うとおり、術後の痛みが少し和らいだ。

1日目は、痛み止めを点滴してもらう。点滴が切れるごとに痛みが戻ってくるのが恐怖で、ついつい点滴の残りをチェックしてしまう。なくなるとすぐさま、追加してくださいーとナースコールを入れるけど、これがなかなか来てくれない。2回押してやっとくるくらい。点滴を3~4本終ると、その次からは痛み止めの錠剤に変わる。もう散々痛い思いをしたんだから、しばらく痛いのは勘弁して~という気持ちでいっぱい。

お水は翌日から飲めるようになったけど、動けば傷が痛むし、トイレにいく体力がないので、あまり飲む気にならず。とにかく体が弱っていたので、まずは実両親に来てもらい、看護婦でもあるオカンのお世話になる。まさか帝王切開になるとは思わなかったので、来てもらって本当に良かった。1日目は、食事(スープなどの液体や、ゼリー)も口に運んで食べさせてもらう。出産は命がけというけど、本当にそうなんだなというのを実感する。「あんなに苦しいとは思わなかった、死ぬかと思った。世の中のお母さんたちはみなああいう経験をするのか。お母さんの気持ちがわかった。」というと、私を産む時、2日がかりの超難産だったオカンが「でも、人間て意外と強くてなかなか死なないもんでしょ。」と冗談めかして言った。ホントにその通りだ。

翌日、日本に一時帰国で帰る友達が、滑り込みセーフで赤ちゃんを見に来てくれる!友達が来てくれると、とても嬉しいし、気がまぎれ、痛みも減るような気がした。産まれたニュースを聞いて、サンタフェから車を飛ばして到着した保安ママ&彼氏も来る。

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病室から見た、いかにも病院の!絵に描いたような中庭。

保安官は、3泊4日の入院の間ずっと付き添いで同じ部屋に泊まっていてくれた。赤ちゃんは、出産直後からずっと同室。特に、新生児の世話についての説明もなく、本能に任せる放置システム。2人とも出産教室(セオリーのみで、赤ちゃんの扱い方の実技はなし)に全部出席したので、知識だけはあった。一度だけ、新生児室の人がやってきて、オムツの替え方、へその緒の消毒の仕方をレクチャーしてくれたが、それも「え。今更!?」っていう2日目とかの話。オムツやへその緒を手入れするグッズは、赤ちゃんを入れたプラスチックケースみたいなものの脇についていて、病院がアレンジしてくれる。朝、夕と2回、赤ちゃんは新生児室に連れて行かれ、そのたび、病院が入院中だけ提供してくれる洋服に着替えさせてくれ、体を拭いてもらい、オムツ換えもしてくれる。沐浴は、へその緒がとれるまではしない方針。

アルゼンチンでは、いや、ブエノスアイレスでは…それとも私の入院していた病院がそうなだけなのかもしれないが、医者、看護婦、リネンや食事の準備をしてくれる人、新生児室の助産婦さん、などなどそれぞれがそれぞれに細かく役割が割り振られており、様々な人が病室を訪ねてくるため、ぐったりしていても何かと忙しい。医者にしても、自分の産婦人科医、小児科医が来るし、看護婦でも、薬を処方出来る人、血圧、体温などを測りに来るだけの人、トイレの世話をしてくれる人など色々。他にも、生まれたての赤ちゃんを撮影し、写真を売りに来るカメラマンの女性だとか、保険会社の人…ナースコールにも3つあって、看護婦、ムカマ(家政婦的な身の回りの世話)、ナーサリー(新生児室の助産婦)を呼ぶボタンが別々で、自分の必要とするものに応じたボタンを押さないといけない。病院から、産まれた赤ちゃんへのお祝いグッズ(赤ちゃん用寝袋、赤ちゃんの身の回りを入れるバッグの2つから選べ、雑誌や試供品などがたくさんついてくる)が出たりとかサービスも様々。退院時には、新生児室から、オムツ1日分程度、オムツ拭きの液体&コットンなどがつまった袋ももらえる。私の保険は、ドイツ病院直属のものではなく、OSDEのマタニティープランだったので、別口で保険会社から出産記念グッズ(赤ちゃんお世話道具がつまったバッグ)も出て、なかなか役立った。高い保険料を払ってるんだから、「もらえ」てるわけじゃないんだけども、赤ちゃん用品、何を買ったらよいかわからない状況の中で、こういうサービスは良い指針になる。

その5(やっと最終回!)に続く…


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アルゼンチンで出産・単なる記録&体験談 その5(最終回)

アルゼンチンで出産…と言っても、初めての経験だったし、別にどこの国でも、日本でも、宇宙の無重力とかでない限りさほど変わらないと思われ、特にここだからどうの…って内容は微量かもですがあしからず!本当に単なる記録だし、すんごい長い上に、痛い辛いグロい話が出てくるので、苦手な方は以下、ぜひぜひスルーしてください~!

その4の続き…

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ドイツ病院は、食事も割と評判が良いが、私は帝王切開だったので、最初の2日はスープやゼリーなどの水分だけ。それでも美味しかった。少しでも回復を早めるためにと、出されたものはすべて食べた。2日目だったか3日目だったか、やっと「ガスを出さない」「消化のよい」食事に変わるが、これもまた栄養士の人がやってきて、アレルギーなどで食べられないものはないか、術後の調子はどうか、などの質問があった。

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えっ、まずそう!?いやーめちゃ美味しかったよー!

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食事は朝、昼、メリエンダ(アルゼンチンのおやつの時間)、夕食の4回。

ちなみに、日本だと帝王切開になると、入院期間は少なくとも1週間以上はあるみたいだけど、ここの病院では3泊4日(通常分娩だと2泊3日)。人によっては4泊5日になるらしいけど、術後の戻りが順調とみなされたため、真夜中の出産直後の1泊も含めた3泊4日で退院できた。初日は寝返りも打てないほどで、自分の弱りっぷりに驚いたものだが、2日目には、人の手を借りて立ち上がっていられたので、小児科の先生に「回復が早い!」と驚かれた。気合ですけどね…。2泊目、3泊目は泣き続ける赤ちゃんに夜も眠れず、どうしたらいいのかもわからず、保安官と2人助け合った。赤ちゃんが泣けば、キズが痛くても、起き上がっておっぱいをあげられたりするのが不思議なものだ。

帝王切開で辛かったのは、乳を吸われると、産後の巨大な子宮が伸縮して縮むようになっているので、うまく痛み止めが効いていないとキズが痛むこと。腹筋が使えないので、咳払いですらできないこと。トイレまでも、母親や、保安官の手を借りて行き、している間も助けてもらった。私の場合は、普通分娩+帝王切開とダブルでやってしまったので、そのせいもあって体力の消耗が激しかっただけかもしれない。不幸中の幸いは、頭が全く出てこなかったため、お腹を切られた代わりに、会陰切開されなかったこと!

麻酔が切れた術後翌日から、まだ胎動があるような感覚がしていたけど、それはどうも、赤ちゃんを取り上げるときに、内臓をいじるため、ガスがポコポコ動いているからだった模様。「ガスを出す為に、少し歩いたほうがいいのよ!」と術後2日めくらいから、看護婦さんにおすすめされた。なので、保安官の肩を借りて部屋の中を行ったり来たり少し動いた。血栓や癒着を予防する効果もあるとか。保安ママ&彼に教えられ、足の甲を上げ下げする運動もしてみる。体がすごくむくんでいるため。傷の上に張ってある大きなバンドエイドは、2泊後の朝に主治医の先生がとってくれた。「傷の上をさわってごらん。なんともないよ!」と笑顔で言われ、「シャワーも浴びていいよ、傷の上も石鹸をつけて洗ったほうがいいからね。」と言われたので、その日中におそるおそるながら、軽くシャワーを浴びる。そしてその時はじめて、分娩時のいきみの結果、赤ちゃんの代わりに痔が生まれていることを発見。通りで、座るとお尻が痛かったわけ…立っても寝ても、座っても痛いしもうどうすれば…!

痔については痛み止め塗り薬で対処して、だましだまし自然治癒。しかしそんなこんなと、傷が怖くて腹筋が使えないせいで、普段快便快腸のこの私が1週間の便秘。そんなことまで書かなくていいって感じだけど、本当に体ぼろぼろ。出産甘く見てました。産後の回復には6~8週間かかる、なんて、はん、そんなバカな!日本だけでしょ、そんなん言うの!とか思ってたけど、今ならわかる。ごめんなさい。ついでに、産後、妊娠後期からなった右手の関節が傷む腱鞘炎がひどくなる。これもホルモンバランスの影響によるものらしい。それに、お尻周りが地味に痛い。これは原因不明だが産後にまつわる何か。

入院中は、怖くて自分の傷も見ることができなかった(今は余裕)。普通分娩からくる弊害も、帝王切開のあとの傷の痛みなども、辛かったし、赤ちゃんが産まれて来た瞬間も、終った安堵の方が強くて、感動というよりは、映画でもみているような気分で、現実味が全くなかった。けれど、友達が来てくれたり、保安官や家族が赤ちゃんを抱っこしては、これまでに見たことのないような、心から嬉しそうな顔をしているのを見るにつけ、少しずつ実感が沸いて来た。初乳なので、少ししか出ないお乳をずっと吸い続ける赤ちゃんを見て、この小さい生き物は、私を必要としているんだ…と思うと、じわじわと自分の子なんだという気持ちが育った。

3泊して、退院の日。産科医(土曜日だったので、主治医から代わりに派遣された若い先生)と小児科医の回診があってから退院できることになってた。産科医は朝早くきたのだけど、小児科医が午後になるまで来ず、結構待たされたため、シャワーを浴びてゆっくり準備。一人になると、涙が出てきて止まらなかった。これが、胎盤を取る=出産が終ると、ホルモンバランスが急激に変わるためおきる、マタニティーブルーってやつかなぁと思いながらも、泣けて泣けて仕方がなく。どこのサイトや本で読んでも、鬱っぽくなる、とか、落ち込む、とかネガティブなことばかり書いてあるけど、でも、悲しいわけでは全くなく、嬉しくて泣けてきた。

退院のときは、助産婦さんが一人、赤ちゃんと私たちを見送りに、病院の玄関まで付き添ってきてくれる。私はまだまともに歩けないので、ゆっくりゆっくり、エレベーターでネナたん、助産婦さん、保安官と一緒に下まで降りる。何もわからず、プラスチックの新生児ケースに寝かされた小さな赤子を見ながら、「これからこの子と一緒の長い人生が始まるんだなぁ…」と思いをめぐらせると、また涙がにじみそうになるが、単なるホルモンのいたずらだー!と言い聞かせ、こらえる。しかし、玄関について、助産婦さんにお礼を言い、近くにいた病院関係者の人たちの暖かい目を見ると、とたんに号泣してしまった。きっと、多くの人にとってそうなのであろうけど、今こうして新しい生活が始まろうとしていることの大きさが偉大すぎた。病院に入るときは2人だったのに、苦しみもがいたら、出るときは1人増えて、3人になってた、という出来事のインパクトが巨大すぎて、ドラマの中に自らが置かれているようで、受け止め切れなかった。

私は今まで、「赤ちゃん」「子供」に全く興味のない無情な人間だったため、家族ができた喜びとか、幸せというものが、こんなに大きいとはまさか想像もしなかった。今まで未熟すぎて理解できなかったことが、急に分かり始めた気がした。助産婦さんは、「何か困ったことや問題があったら、いつでも話しにきていいのよ」とやさしく肩を支えてくれたけど、辛いとか悲しいとか思われたのかな。それから2週間くらいは、こんなに涙がどこに貯蓄されてたのだと思うほどよく泣けてきたけど、私のマタニティブルーは全然ブルーじゃなかったし、幸せな嬉し涙だった。体の回復も、今、1ヶ月たち、ほぼ通常通りの生活ができるようになった。当日は、ただただ、早く過ぎてくれー!と思い、断じて2度とやるものか!と思った出産も、「もし許されるならあと1人2人産んでみたい!」と思うまでになった。普通分娩で産めなかった悔しさのようなものも、そんなことは単なる自己満足なだけで、それよりも赤ちゃんが宿ってくれ、健康に産まれてきてくれた奇跡に感謝するように変わった。新しい命がくれる感動も大きいのだと思うけれど、やはり、人の(私の?)忘れる力ってすごいと思う。ひょっとすると、忘却力こそが人類繁栄の要かも?

世の中の多くの女性が、何でもないことのように経験する妊娠出産。人それぞれドラマがあるんだろうなぁ。かくいう私にとっても、すごくかけがえのない強烈な経験だったので、話も長くなったけれど、一言で集約すれば…

人間って本当に不思議!

それに尽きる。その割には長すぎる手記。でも、どんなに強烈な経験も、時間がたつと、慣れてしまったり、簡単に思えてきてしまうことがある。知ったかぶりをして偉そうに語る人にならないためにも、新鮮なうちに記しておきたかった。

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さー、明るい未来に向けてビールで乾杯だー!


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テーマ : 妊娠・出産
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おっさんとあんっむ!の話

ネナたんが来てからあっという間に1ヶ月経ってしまいました!子供が産まれてからの1年はスーパー早いとは良く聞きますが、全くです。育児ブログにしたくないなんて言ってましたが、これまでのところやってることがそれしかなく、

無理です!!

今日のブエノスアイレスは、雨&カミナリで、外は真っ暗。…くらいしか、社会との接点ありません。

(もとから、対してないですが)

それでも外に出たり(主に午前中のベランダ)、1ヶ月記念で勇気を出して3人でいきつけの近所のカフェに行ってみたり(すぐ泣いて、ランチを食べ終わったら逃げるように帰って来た)少しずつ、普段の生活に戻すように努力はしているところ。年中無休の赤ちゃんとの暮らしはすっごい大変だけど、楽しいこともたくさん。やっぱり、一番のネナたんとのコミュニケーションは、おっぱい。これひとつとっても、

レベル1:生まれたての頃「ハァハァハァハァ」とかなり息を切らしながら全身全霊を傾けて飲む。ガンバレー!ゆっくりねー!と応援してました。

レベル2:飲み終わると、ぷっふぁー!くわぁー!と奇声を発して、げっぷを出してもらってすぐ寝る。おっさんぽい!飲んだら、2重アゴでブサイクに目を閉じて、お馴染、赤ちゃん全国共通のガッツ顔。飲んだくれのおっさんそのもの!ウケてました。すぐ寝てくれるのでこっちも余裕あり。

レベル3:眠りから覚め、ウニャーと少し声を出したところを救出し、よだれかけをかけると、「おおっ。おっぱい来る!」ということを学んだらしく、泣きそうな顔から急に嬉しそうな顔になる。胸元に持っていく途中に私の顔に近づくと、目をじっと見て、やった!!キタ!!という顔になって、口を大きく開けて待ってる。2週間ほど前から始まったパブロフの犬的現象。赤ちゃんの学習能力、すごいなーと感心しました。おっぱいをくわえるとき、一緒に「あんっむー!」というのが我が家の合言葉になりました。楽しい。

レベル4:1ヶ月のお誕生日(1月5日)あたりから、お腹一杯になってもしばらく起きていて、起きてるときでも目が合うと時々笑うようになった(前は、うとうとしてる時にしか微笑まず)。笑うときに、「えうー。あうー。」と声を出して、おしゃべりしているかのよう。0ヶ月の頃からそうなんだけど、今ますます、起きてる時間が結構多くて、相手も大変。てかまだ1ヶ月なのに!!デカいし重いし!かわいいけど大変。大変だけどかわいい。

ネナたんは、産まれたときからデカかったせいか、育児書とか読んでも、やってることも+1ヶ月の赤ちゃんくらいなのですが、そんなに成長早くていいのでしょうか。逆に心配です。新生児の赤ちゃんは寝てばかりです。とか、書いてあるけど、新生児の頃から結構起きてて、遊んでたし、まだ1ヶ月なりたてだけど、キックもパンチも激しくバタバタしてて、寝相もかなり悪いです。

誰に似たんだろ。私じゃないな。

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なんだかんだで寝てるときが一番可愛いという説もある…

私は、腱鞘炎や腰痛などが色々出てきて体がバキバキ。ストレッチとか産褥体操などしてだましだまし暮らしていますが、どなたかアドバイスあったらよろしくお願いします。「22歳くらいの頃、産んでたら楽だったろうなぁ」と今日、お昼つぶやいたら、保安官に「22歳と今の体力を比べたらきっとマイナス20%~30%くらいの差だろうけど、精神力のプラスは計り知れないと思うよ」とまたいつものように、もっともなことを言ってくれ、助けられました。


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テーマ : 海外で育児
ジャンル : 育児

シンクロ

あんなことやこんなこと、ブログに色々書きたいナーと思っても(だいたい育児の件ですが…)、時間が全然なくてびっくりします。毎日、電光石火の速さで過ぎていきます…色々な気づきがあるけれど、相手もフルスピードで育っているので、これ面白い!と思ってもメモっておかないと、もう次に何か面白いことやってる。そんな毎日。

首の座らない赤ちゃんは、お乳を飲んだ後、縦に抱っこして背中をポンポンとしたりさすったりして、ゲップをさせてあげます。これまで全くベイビーに縁のなかった私ですら知っていた、世界共通のテクニック。

縦にしただけで出るときがあるかと思えば、おっぱい飲んだ後にもう既に眠っていたりすると、上手に出なかったり。こっちもあれやこれやと一生懸命になって、ポンポン背中を叩いてあげると、

一緒に出るのが私のゲップ!

このシンクロ率はなんなんでしょう。面白いなと思って、保安官に言ってみたら、保安官がゲップを出させてあげるときも、同じ現象が起きるそうです。ゲホッと気持ちよく出てね~出してあげてね~という思いが、自分のゲップまで一緒に出させてしまうのかしら。それとも何か、科学的な原因があるのかしら。どちらにしても面白いです。

夜中の授乳も頑張って毎日やっておりますが、うちのネナたん、2時間半ごとくらいに、ゴソゴソ、バタバタ、夜になるとはじめるのです。最初は、何をしてるのかな?と思ったんだけど、良く見てみると、体をよじったりして、ウーンと一生懸命キバッてる。その後、おっきなオナラがブブブーと出ると静かになる。ネットでも調べてみたところ、このくらいの月齢の子に多いんだとか。まだ、腹筋なんかがちゃんとついていないので、全身を使ってオナラとかウンチを出そうと頑張っているわけ。赤ちゃんてすごい。ひたむきに生きてる。

最初に気づいた2週間くらい前は、なんかもうかわいそうで。ンンー!!ンギャッ!とか言いながら、ものすごい頑張ってるので、ネットで調べて、お腹をマッサージしたり、ウエストをひねったりして、オナラを出すのを助けてあげたり。でも、さすがにこればっかりは、出すのは本人ですからね。オナラさん出てあげて~と祈るしかなく。

汚い話ですみませんが、ウンチも、産まれてからの最初の2~3週間は、モリモリ出てて。回数も多かったのが、1ヶ月くらいになると回数が減るんですね。1日に2回、多くても3回、まとめてブリブリっと出るように。これは、消化機能が育っているから、そうなっていくそうなんですが。

これも不思議なんだけど、私のうんちも、同じような感じで出るようになって(さすがに赤ちゃんみたいな水っぽいのじゃないけど)色んな部分がシンクロするなぁと。ネナたんが、おならをバフバフーと気前よくするので、私たちのガスも、前より出るようになった気がします。なんでなんだろ?一番生理的なところがリンクし、共感、共鳴してるのかな。

まーそれにしても時間がないです!夜しっかり寝るようになった代わり(2~3時間おきにおっぱいは飲む、でも飲み終わるともう熟睡してる…)、昼間寝ない。お昼寝したかと思うと、30分もしないうちに泣いておきる。つわけで昼間は、ほとんど起きていて一緒に遊んだり、おっぱいあげたり、オムツ替えたり、お散歩したりと忙しくて、時間が細切れにしかなく、まともにご飯作る時間もない。さて食べようと思うと、そうはさせない、と決まってフニャーと聞こえてくる。お散歩は好きみたいで、外にいると機嫌がいい。そんなわけで、ブログを書く時間もとぎれとぎれにしかありません。

日中寝てくれないと、抱っこするか構っていないと泣くので、炊事洗濯をこなすのもやっと。いい加減泣き止んで~!!ってイライラするときもあるし、もうこっちが泣きたくなることも。でもやっぱり、赤ちゃん特有のバンザーイ!しながら、

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若干モヒカン風ヘアでぐっすり寝てたり

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あやすと、ぼっちゃん刈りで偶然笑顔を振りまいたりしてくれると、24時間営業の育児の大変さもむくわれます。寝顔と笑顔が何よりのご褒美の毎日です。世の中の女性たちはみんなこうして育児をしているんですね。

注:女の子です。


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テーマ : 成長の記録
ジャンル : 育児

新しい発見

ここ数日は、昼間(赤ちゃんが)泣いてばかりで、あ゛あああーーー!!(私が)となりそうでした。ご機嫌よく遊んでいるときはいいんだけど、やっぱ大声で泣かれると、うるさいの前に、かわいそうで、あたふたしちゃって、その原因を取り去ってあげたい。赤ちゃんは泣くのが仕事だとはわかっていても、「フギャー!フギャー!」と聞こえてくると落ち着いてシャワーもしてられない…新米ママです。

おお泣きする原因は、お腹にガスがたまっていることがひとつ、と判明。夜中の授乳時に、飲み終わると熟睡しているのでうまくゲップが出ないことがたまってしまう一因かと。それを保安官に言うと

「保安くんに似てるね。」

と。彼も、小さい頃、ゲップができない体質(?)だったんだとか。今は練習して(?)できるようになったらしいけど。

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たまったガスは「おならプープー体操」(私が命名)で排出を手伝ってあげてます。足をM字に曲げてお腹の方に軽く押し付けたり、自転車をこぐみたいにしたり。プーと出るとネナたんも私も思わず笑顔。

1ヶ月検診のとき、赤ちゃんにあげる液体のビタミン剤が処方されました。

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ビタミンA,D,Cが入ったもので、3ミリリットルをスポイトで吸って口に入れてあげるんだけど、笑顔でぶええええと出してる。

「僕も赤ちゃんの頃、薬飲めなかったんだよね。」

とスポイト片手に保安官。

似たのは悪いところばっかりか!!

赤ちゃんを通して、新しく知る、知らなかった事実。ちなみに保安官は、錠剤を水で飲みこむということが大人になってもできず、噛み砕いて水で流すので、見ているこちらの顔が苦くなってしまいます。

ビタミン剤を出してしまうのは、まずいからではないみたい。最近のネナたんのマイブームのせい。下をベロベロと外に出してはひっこめて遊んでいるのです。

あ、舌があって、動かせるぞ!!

ということを発見したのだと思われます。そして、その楽しさに目覚め、舌の運動にはまっているんだと思う。

握った手のひらが口元に来ると、しゃぶったりベロベロなめたり。これも最近のはまりごとの様。やっていると落ち着くのか知らないけど、とことんやるので、口の周りがよだれだらけ。手は握力が強いので、時々自分の髪の毛をグワシ!と思い切りつかんでしまい、「ギャーン!」と泣くので、ほっておけません。オバカさん…。赤ちゃんは自分の意思で手足を動かすことが1ヶ月半くらいだとまだできないらしいのです。

ご機嫌のいいときに話しかけると、「あうー。えうー。」などと声を出してはおしゃべりしてくれます。「えうー、なの~。そうなのー。面白いねー!」などと答えると嬉しいみたいで、話が盛り上がって、喃語が出る前のクーイング(というそうです)を、ますます発してくれます。

もう1つ、保安官が発見したのが、顔に息を拭きかけられるのがどうも好きみたいなこと。フーッと頭や顔に息を拭きかけると、「ハッ!」とびっくりして、キャハハハと声まではまだ出ませんが、とても嬉しそうな顔をしてくれる。赤ちゃんの周りは宇宙です。知らないことだらけ、新しい発見だらけ。大人になった私たちが、何もかも知ったような顔をしてしまいがちになるのを、リセットしてくれます。

私も、ネナたんの後姿がクレヨンしんちゃんにそっくりなのを発見!夜中の授乳中に、ネナたんをベッドに戻すとき、クローゼットについている鏡にぼんやりと映し出される姿がもう…コレ何かに似てる!!としばらく出てこなかったのですが、気づいたときには、何故か感動しました。よく描けてるなぁ、ほんと赤ちゃんてこんなんだなぁ、と。いや、しんのすけくんは幼稚園生だけど。

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う~ん昼間だし、写真だとうまく説明できない…


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プロフィール

とんちゃん

Author:とんちゃん
横浜生まれの千葉県育ち純日本人。2000〜2009年UKで暮らし、ある日北欧に呼ばれ旅したところ何故か南米人と出会う。ひらめきと風にまかせ第2の故郷スコットランドを後にし、2009年10月よりブエノスアイレスへ。縁あって住むことになったアルゼンチンを自分自身もっと知るためにも、誰かに伝えたい何か、毎日の出来事を書いています。時々ほったらかしのブログを継続して使っているので、初期の記事はスコットランドにいたときのもの。ブログの良いところはいろんなネットワークが広がること。いつも好奇心いっぱい、楽しいことと面白い出会いが好きです。どうぞよろしく!

気づけば2014年7月より家族でノマド生活中。現在サンタフェ、アルゼンチン。

保安:
うちの彼。アルゼンチン人。コンピュータギークのエンジニア。出会った時は学生、今はいわゆるデジタルノマド。

セサミもん:
うちの猫。2008年5月生まれのスコットランドにゃん。

ネナたん:
うちの長女。2013年12月5日ブエノス生まれの地球人。ネナ(スペイン語でちっちゃい女の子)たん、とはお腹にいた時の愛称。



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