CHOCO★BLOGG 妊娠・出産関連

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アルゼンチンで出産・単なる記録&体験談 その5(最終回)

アルゼンチンで出産…と言っても、初めての経験だったし、別にどこの国でも、日本でも、宇宙の無重力とかでない限りさほど変わらないと思われ、特にここだからどうの…って内容は微量かもですがあしからず!本当に単なる記録だし、すんごい長い上に、痛い辛いグロい話が出てくるので、苦手な方は以下、ぜひぜひスルーしてください~!

その4の続き…

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ドイツ病院は、食事も割と評判が良いが、私は帝王切開だったので、最初の2日はスープやゼリーなどの水分だけ。それでも美味しかった。少しでも回復を早めるためにと、出されたものはすべて食べた。2日目だったか3日目だったか、やっと「ガスを出さない」「消化のよい」食事に変わるが、これもまた栄養士の人がやってきて、アレルギーなどで食べられないものはないか、術後の調子はどうか、などの質問があった。

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えっ、まずそう!?いやーめちゃ美味しかったよー!

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食事は朝、昼、メリエンダ(アルゼンチンのおやつの時間)、夕食の4回。

ちなみに、日本だと帝王切開になると、入院期間は少なくとも1週間以上はあるみたいだけど、ここの病院では3泊4日(通常分娩だと2泊3日)。人によっては4泊5日になるらしいけど、術後の戻りが順調とみなされたため、真夜中の出産直後の1泊も含めた3泊4日で退院できた。初日は寝返りも打てないほどで、自分の弱りっぷりに驚いたものだが、2日目には、人の手を借りて立ち上がっていられたので、小児科の先生に「回復が早い!」と驚かれた。気合ですけどね…。2泊目、3泊目は泣き続ける赤ちゃんに夜も眠れず、どうしたらいいのかもわからず、保安官と2人助け合った。赤ちゃんが泣けば、キズが痛くても、起き上がっておっぱいをあげられたりするのが不思議なものだ。

帝王切開で辛かったのは、乳を吸われると、産後の巨大な子宮が伸縮して縮むようになっているので、うまく痛み止めが効いていないとキズが痛むこと。腹筋が使えないので、咳払いですらできないこと。トイレまでも、母親や、保安官の手を借りて行き、している間も助けてもらった。私の場合は、普通分娩+帝王切開とダブルでやってしまったので、そのせいもあって体力の消耗が激しかっただけかもしれない。不幸中の幸いは、頭が全く出てこなかったため、お腹を切られた代わりに、会陰切開されなかったこと!

麻酔が切れた術後翌日から、まだ胎動があるような感覚がしていたけど、それはどうも、赤ちゃんを取り上げるときに、内臓をいじるため、ガスがポコポコ動いているからだった模様。「ガスを出す為に、少し歩いたほうがいいのよ!」と術後2日めくらいから、看護婦さんにおすすめされた。なので、保安官の肩を借りて部屋の中を行ったり来たり少し動いた。血栓や癒着を予防する効果もあるとか。保安ママ&彼に教えられ、足の甲を上げ下げする運動もしてみる。体がすごくむくんでいるため。傷の上に張ってある大きなバンドエイドは、2泊後の朝に主治医の先生がとってくれた。「傷の上をさわってごらん。なんともないよ!」と笑顔で言われ、「シャワーも浴びていいよ、傷の上も石鹸をつけて洗ったほうがいいからね。」と言われたので、その日中におそるおそるながら、軽くシャワーを浴びる。そしてその時はじめて、分娩時のいきみの結果、赤ちゃんの代わりに痔が生まれていることを発見。通りで、座るとお尻が痛かったわけ…立っても寝ても、座っても痛いしもうどうすれば…!

痔については痛み止め塗り薬で対処して、だましだまし自然治癒。しかしそんなこんなと、傷が怖くて腹筋が使えないせいで、普段快便快腸のこの私が1週間の便秘。そんなことまで書かなくていいって感じだけど、本当に体ぼろぼろ。出産甘く見てました。産後の回復には6~8週間かかる、なんて、はん、そんなバカな!日本だけでしょ、そんなん言うの!とか思ってたけど、今ならわかる。ごめんなさい。ついでに、産後、妊娠後期からなった右手の関節が傷む腱鞘炎がひどくなる。これもホルモンバランスの影響によるものらしい。それに、お尻周りが地味に痛い。これは原因不明だが産後にまつわる何か。

入院中は、怖くて自分の傷も見ることができなかった(今は余裕)。普通分娩からくる弊害も、帝王切開のあとの傷の痛みなども、辛かったし、赤ちゃんが産まれて来た瞬間も、終った安堵の方が強くて、感動というよりは、映画でもみているような気分で、現実味が全くなかった。けれど、友達が来てくれたり、保安官や家族が赤ちゃんを抱っこしては、これまでに見たことのないような、心から嬉しそうな顔をしているのを見るにつけ、少しずつ実感が沸いて来た。初乳なので、少ししか出ないお乳をずっと吸い続ける赤ちゃんを見て、この小さい生き物は、私を必要としているんだ…と思うと、じわじわと自分の子なんだという気持ちが育った。

3泊して、退院の日。産科医(土曜日だったので、主治医から代わりに派遣された若い先生)と小児科医の回診があってから退院できることになってた。産科医は朝早くきたのだけど、小児科医が午後になるまで来ず、結構待たされたため、シャワーを浴びてゆっくり準備。一人になると、涙が出てきて止まらなかった。これが、胎盤を取る=出産が終ると、ホルモンバランスが急激に変わるためおきる、マタニティーブルーってやつかなぁと思いながらも、泣けて泣けて仕方がなく。どこのサイトや本で読んでも、鬱っぽくなる、とか、落ち込む、とかネガティブなことばかり書いてあるけど、でも、悲しいわけでは全くなく、嬉しくて泣けてきた。

退院のときは、助産婦さんが一人、赤ちゃんと私たちを見送りに、病院の玄関まで付き添ってきてくれる。私はまだまともに歩けないので、ゆっくりゆっくり、エレベーターでネナたん、助産婦さん、保安官と一緒に下まで降りる。何もわからず、プラスチックの新生児ケースに寝かされた小さな赤子を見ながら、「これからこの子と一緒の長い人生が始まるんだなぁ…」と思いをめぐらせると、また涙がにじみそうになるが、単なるホルモンのいたずらだー!と言い聞かせ、こらえる。しかし、玄関について、助産婦さんにお礼を言い、近くにいた病院関係者の人たちの暖かい目を見ると、とたんに号泣してしまった。きっと、多くの人にとってそうなのであろうけど、今こうして新しい生活が始まろうとしていることの大きさが偉大すぎた。病院に入るときは2人だったのに、苦しみもがいたら、出るときは1人増えて、3人になってた、という出来事のインパクトが巨大すぎて、ドラマの中に自らが置かれているようで、受け止め切れなかった。

私は今まで、「赤ちゃん」「子供」に全く興味のない無情な人間だったため、家族ができた喜びとか、幸せというものが、こんなに大きいとはまさか想像もしなかった。今まで未熟すぎて理解できなかったことが、急に分かり始めた気がした。助産婦さんは、「何か困ったことや問題があったら、いつでも話しにきていいのよ」とやさしく肩を支えてくれたけど、辛いとか悲しいとか思われたのかな。それから2週間くらいは、こんなに涙がどこに貯蓄されてたのだと思うほどよく泣けてきたけど、私のマタニティブルーは全然ブルーじゃなかったし、幸せな嬉し涙だった。体の回復も、今、1ヶ月たち、ほぼ通常通りの生活ができるようになった。当日は、ただただ、早く過ぎてくれー!と思い、断じて2度とやるものか!と思った出産も、「もし許されるならあと1人2人産んでみたい!」と思うまでになった。普通分娩で産めなかった悔しさのようなものも、そんなことは単なる自己満足なだけで、それよりも赤ちゃんが宿ってくれ、健康に産まれてきてくれた奇跡に感謝するように変わった。新しい命がくれる感動も大きいのだと思うけれど、やはり、人の(私の?)忘れる力ってすごいと思う。ひょっとすると、忘却力こそが人類繁栄の要かも?

世の中の多くの女性が、何でもないことのように経験する妊娠出産。人それぞれドラマがあるんだろうなぁ。かくいう私にとっても、すごくかけがえのない強烈な経験だったので、話も長くなったけれど、一言で集約すれば…

人間って本当に不思議!

それに尽きる。その割には長すぎる手記。でも、どんなに強烈な経験も、時間がたつと、慣れてしまったり、簡単に思えてきてしまうことがある。知ったかぶりをして偉そうに語る人にならないためにも、新鮮なうちに記しておきたかった。

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さー、明るい未来に向けてビールで乾杯だー!


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アルゼンチンで出産・単なる記録&体験談 その4

アルゼンチンで出産…と言っても、初めての経験だったし、別にどこの国でも、日本でも、宇宙の無重力とかでない限りさほど変わらないと思われ、特にここだからどうの…って内容は微量かもですがあしからず!本当に単なる記録だし、すんごい長い上に、痛い辛いグロい話が出てくるので、苦手な方は以下、ぜひぜひスルーしてください~!

その3の続き…

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翌朝、まだ麻酔が完全に切れておらず、体が思うように動かない。明け方、執刀医であり私の主治医である産科の先生が回診に来て、「おしっこはもうしたか」と言うので、「そんなこと怖くて出来ないし、したいという気持ちにもならない」というと、「点滴をずっとしているんだから、たまってるはずだ。したほうが傷みが和らぐから、今看護婦を呼ぶから、手伝ってもらってトイレにいったほうがいいよ!」とのこと。調子はどうだ、というので、下腹部が傷むし、ぐったりして動けない、というと「一番辛いのは今日だけで、明日からだいぶよくなるから大丈夫!」と言われる。

しばらくして看護婦さんがやってくる。放心状態でおっぱいも丸出しになってるままの体を看護婦さん2人に支えてもらいながら、トイレに行く。このときの看護婦さんの心のこもったお世話はホント身にしみた。看護士って素晴らしい職業だ!優しく話しかけながら、おしっこと、悪露の世話をしてくれて…またベッドに返してくれ、持参していたパジャマに上手に着替えさせてくれた。先生の言うとおり、術後の痛みが少し和らいだ。

1日目は、痛み止めを点滴してもらう。点滴が切れるごとに痛みが戻ってくるのが恐怖で、ついつい点滴の残りをチェックしてしまう。なくなるとすぐさま、追加してくださいーとナースコールを入れるけど、これがなかなか来てくれない。2回押してやっとくるくらい。点滴を3~4本終ると、その次からは痛み止めの錠剤に変わる。もう散々痛い思いをしたんだから、しばらく痛いのは勘弁して~という気持ちでいっぱい。

お水は翌日から飲めるようになったけど、動けば傷が痛むし、トイレにいく体力がないので、あまり飲む気にならず。とにかく体が弱っていたので、まずは実両親に来てもらい、看護婦でもあるオカンのお世話になる。まさか帝王切開になるとは思わなかったので、来てもらって本当に良かった。1日目は、食事(スープなどの液体や、ゼリー)も口に運んで食べさせてもらう。出産は命がけというけど、本当にそうなんだなというのを実感する。「あんなに苦しいとは思わなかった、死ぬかと思った。世の中のお母さんたちはみなああいう経験をするのか。お母さんの気持ちがわかった。」というと、私を産む時、2日がかりの超難産だったオカンが「でも、人間て意外と強くてなかなか死なないもんでしょ。」と冗談めかして言った。ホントにその通りだ。

翌日、日本に一時帰国で帰る友達が、滑り込みセーフで赤ちゃんを見に来てくれる!友達が来てくれると、とても嬉しいし、気がまぎれ、痛みも減るような気がした。産まれたニュースを聞いて、サンタフェから車を飛ばして到着した保安ママ&彼氏も来る。

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病室から見た、いかにも病院の!絵に描いたような中庭。

保安官は、3泊4日の入院の間ずっと付き添いで同じ部屋に泊まっていてくれた。赤ちゃんは、出産直後からずっと同室。特に、新生児の世話についての説明もなく、本能に任せる放置システム。2人とも出産教室(セオリーのみで、赤ちゃんの扱い方の実技はなし)に全部出席したので、知識だけはあった。一度だけ、新生児室の人がやってきて、オムツの替え方、へその緒の消毒の仕方をレクチャーしてくれたが、それも「え。今更!?」っていう2日目とかの話。オムツやへその緒を手入れするグッズは、赤ちゃんを入れたプラスチックケースみたいなものの脇についていて、病院がアレンジしてくれる。朝、夕と2回、赤ちゃんは新生児室に連れて行かれ、そのたび、病院が入院中だけ提供してくれる洋服に着替えさせてくれ、体を拭いてもらい、オムツ換えもしてくれる。沐浴は、へその緒がとれるまではしない方針。

アルゼンチンでは、いや、ブエノスアイレスでは…それとも私の入院していた病院がそうなだけなのかもしれないが、医者、看護婦、リネンや食事の準備をしてくれる人、新生児室の助産婦さん、などなどそれぞれがそれぞれに細かく役割が割り振られており、様々な人が病室を訪ねてくるため、ぐったりしていても何かと忙しい。医者にしても、自分の産婦人科医、小児科医が来るし、看護婦でも、薬を処方出来る人、血圧、体温などを測りに来るだけの人、トイレの世話をしてくれる人など色々。他にも、生まれたての赤ちゃんを撮影し、写真を売りに来るカメラマンの女性だとか、保険会社の人…ナースコールにも3つあって、看護婦、ムカマ(家政婦的な身の回りの世話)、ナーサリー(新生児室の助産婦)を呼ぶボタンが別々で、自分の必要とするものに応じたボタンを押さないといけない。病院から、産まれた赤ちゃんへのお祝いグッズ(赤ちゃん用寝袋、赤ちゃんの身の回りを入れるバッグの2つから選べ、雑誌や試供品などがたくさんついてくる)が出たりとかサービスも様々。退院時には、新生児室から、オムツ1日分程度、オムツ拭きの液体&コットンなどがつまった袋ももらえる。私の保険は、ドイツ病院直属のものではなく、OSDEのマタニティープランだったので、別口で保険会社から出産記念グッズ(赤ちゃんお世話道具がつまったバッグ)も出て、なかなか役立った。高い保険料を払ってるんだから、「もらえ」てるわけじゃないんだけども、赤ちゃん用品、何を買ったらよいかわからない状況の中で、こういうサービスは良い指針になる。

その5(やっと最終回!)に続く…


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アルゼンチンで出産・単なる記録&体験談 その3

アルゼンチンで出産…と言っても、初めての経験だったし、別にどこの国でも、日本でも、宇宙の無重力とかでない限りさほど変わらないと思われ、特にここだからどうの…って内容は微量かもですがあしからず!本当に単なる記録だし、すんごい長い上に、痛い辛いグロい話が出てくるので、苦手な方は以下、ぜひぜひスルーしてください~!

その2の続き…

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私は手術をしたことがなかったから、体を切るのは怖くて、手術室に入ってからのことは良く覚えていない。疲労困憊していたし、目もほとんどずっと閉じていた。今思えば、そのお陰で、予定帝王切開よりも恐怖心が少なかったのかも。そのうち、下半身に麻酔を入れられ、胸から下が完全麻痺になった。「なんか私、さっきから麻酔かけられまくって薬漬けだわ~」とか頭の片隅でどこか客観的に思いつつも、麻酔のせいか、恐怖のせいか、体がずっと震えていた。でも、どうせもう逃げられない!赤ちゃんが入っていて、出たがっているんだから、出さないと!

保安官は、分娩室で、ガン開きのグロいオマタをみても全然ヘーキだったせいか、先生に見初められて(?)手術室への立会いも許可されたらしく、頭の左側の方にいてくれてた。手術を見て卒倒してしまう人も多いらしく、全員が入れてもらえるわけではないみたい。私はもちろんのこと、目の前にカーテンを引かれて、自分が切られている場面は見えないようになっているけど、保安官は、私のお腹が切られて、内臓を手でよけて子宮までたどり着いたりするところ一部始終を見たらしい。あとで、ものすごかったよ!!帝王切開のビデオ、ネットで探してみるといいよ!!と言われた。みたくねーつの!!と当時は思ったが、1ヶ月近く経過した今なら怖いものみたさで見てみたいかも?

半身麻痺しているとはいえ、切られるときには、何かしらの違和感があるんだろうなーと思って、うつらうつらしながらも、いつ切られるのがわかるだろう…?と構えていたのだけど、胸の下辺り、ちょうど麻酔がそこからかかっていないあたりに、何故か少し違和感があったくらいで、実際に切られる感覚は全くなかった。どこが切られたのか、アイデアも思い浮かばないほど。あとでみたら、しもの毛が全部剃られて、そこを横に13センチほど切られてた。帝王切開には、縦切りと横切りがあるらしいが、横は傷が目立たないように、という処置らしい。両脇は玉結びになっていて、片一方を切って、するするーと引っ張るカタチで糸は2週間後に抜糸した。ちなみに抜糸は全く痛くなかった。

午前1時55分に誕生。日をまたいでしまったため、4日に産まれていれば、ポーランドからの移民だった亡くなった保安官のおばあちゃんと同じ誕生日になるところが、外れてしまった。ネナたんの、「私はオリジナルで行くわ!」という作戦だったのかな。産まれたよ、との声とともに、目の前のカーテンが開かれ、へその緒がついたままの赤ちゃんがお腹から出てきた瞬間を見せてもらえた。赤ちゃんは、少し青みがかかっていて、手術室のまぶしい光の下、タオルで拭かれながら、おぎゃー!!おぎゃー!!と泣いていて、「生まれたての赤ちゃんって、あんなに大きな声で泣くんだ!!」と最初に思った。そして思わず、

「ちゃんといきんで産んであげられなくてごめんね…!辛かったね、苦しかったね。長かったね。やっと会えたねー!!」

と話しかけていた。そのシーンを見た、手術のアシスタントたちが感動してたとあとで保安官が言ってた。その話を聞いて自分が泣けた。

へその緒を切られたネナたんを、看護婦さんが私の顔元に持ってきて対面させてくれ、帝王切開だったからか、私の体力が赤ランプだったからか、カンガルーケアはなし。そのまま、保安官が赤ちゃんに一緒について、隣の部屋に入り、体重測定や、予防接種その他、異常がないかのチェック、書類作成などを済ませる。

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はぁ…やっと終った…。

吐き気がひどくし、意識が朦朧とするなか、主治医の先生が顔の近くにきて、「おめでとう!!」と言ってくれたのを覚えているのが最後、その後はずっと目を閉じたまま、気づけばストレッチャーを押されエレベーターに乗り、入院の部屋に到着した。麻酔のため自分の意思では体を動かせないので、看護婦さん2人がかりでベッドに載せてくれる。分娩で喉がかわいていたので、「水が飲みたい」と訴えるものの、手術をしたから、今夜は水も飲めないとのこと。そして

「今夜はしゃべったらだめよ。」

と言われる。体は相変わらずガクガク震えていた。

部屋にはすでに保安官がいて、私の到着を待っていたところ。

「赤ちゃんはどこ?」

「助産婦さんたちが、もうすぐ連れて来るらしいよ。」

と言ってる間に、生まれたての肌に白くかわいらしい産着を着せられ、新生児のケースに入ったネナたん到着。体重は3390グラムだった。デカイ!そりゃー出てこないわけだ。どこの助産婦だ、赤ちゃん小さいからするっと出てくるわよとかテキトーなことをほざいたのはっ!しかも、数回のエコー検査のときには、「標準より小さいけど、女の子だからこんなもんよ。」って言われてた。エコーの体重予測もあてにならんな…

助産婦さんが、赤ちゃんを私の胸の上に運んできて、「初乳をあげてね。」と言って部屋を去っていった。真夜中の病室。下半身麻酔で体が動かないので、保安官に手伝ってもらいながら、顔もまだまともに知らないわが子におっぱいをあげている自分がシュール。なかなかうまくいかないけど、なんとか吸い付いてもらえる。持てる力をすべて注いで、お乳を吸っている産まれたばかりの赤ちゃんの生命力に驚く。産まれて来るのも大仕事だっただろうが、おっぱいを飲むのも、小さな体には大変な仕事だろう。一方の私は体も動かないし、手術着のまま胸も出しっぱなしでそのまま寝る。。。

その4に続く…


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アルゼンチンで出産・単なる記録&体験談 その2

アルゼンチンで出産…と言っても、初めての経験だったし、別にどこの国でも、日本でも、宇宙の無重力とかでない限りさほど変わらないと思われ、特にここだからどうの…って内容は微量かもですがあしからず!本当に単なる記録だし、すんごい長い上に、痛い辛いグロい話が出てくるので、苦手な方は以下、ぜひぜひスルーしてください~!

その1の続き…

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赤ちゃんが産道を降りてくるときには、赤ちゃんがその体に対しまっすぐアゴを引いて、上手に回転して出てこないといけないのだけど、ネナたんのアゴは上にあがっていて、しかも首が右だか左だかに向いていたらしい。それがひっかかってなかなか降りてこない。子宮口は最大まで開いていて、おまたもパックリ割れて体は準備万端だったので、先生が手をつっこんで赤ちゃんの頭を直そうとするがうまくいかないようだ。

「赤ちゃんの頭を正常な位置に直しておくのはお前の仕事だろ!」と助産婦さんが産科医にしかられたりしてたみたい。助産婦さんは、「でも、破水した状態で来たから、できなかったetc」的なことを答えたりしてたそうな。助産婦さんの話では「骨盤が赤ちゃんに対して、狭いから出てこないのかも…」という案もあったらしいし、赤ちゃんの位置はどこだったのだーと最後のエコー(といっても10週前)のファイルを先生がチェックし始めたりと、みんながバラバラに動き始め、なにやら本当に

行き当たりバッタリな雰囲気満点に!!

今なら笑えるものの、当時の私は、陣痛といきみで手一杯のため、周りの空気が不穏なのを感じるだけで、状況がよくわからず、焦りで一杯。先生は、「麻酔をうちすぎて、単にうまくいきめてないだけだったら、もうオレ死にたい」とかも言ってたらしい。わはは。麻酔医はそれを聞いて、「えーでもー!麻酔効かなかったんですよー!痛いっていうからー!」とか言ってたって言う。その頃の私は、「痛い」「メドゥエレ!」「テンゴドロール!!」(全部、痛いと同意)の3語しか発してなかった。助産婦さんが、吸ってーいきとめてー!ハイいきんでー!!を時々やってくれないので、「痛いの来たから掛け声かけて~!!お願い~!!」という必死の思いもあって。すると、「いきみたい気持ちになったら、いつでもいきんでいいのよ」などと言われ、

そんなところもアルゼンチンは、ざっくり個人主義か!!

ともうろうとしつつも脳内で突っ込みを入れる。あとで考えたら、いきんでー!!って言われないといきめない私ってすっごい日本人なのかしら…とか。しかし、相変わらず無痛の麻酔がきいている気は全くしないし(私、若い頃はっちゃけすぎて麻酔とか効かないからだになってしまったのかしら?と本気で思った)、陣痛は絶賛最高潮。世の中に、こんなに痛いことが存在したとは。麻酔効いてないー!!と叫ぶと、周りの人々は「赤ちゃんの頭が動かず、ひっかかっているから、とにかくそこが痛いのだ」と言う。いきんで押し出せば楽になるから、とにかく頑張れと。まじで、先生らがオマタの前でゲンコツ握って「バモーース!!」っていう状況です。

そうこうするうちに、総勢5人も部屋にいた助産婦さんや医師などが全員いなくなってしまった。完全に放置プレイ。

「ちょっとー!!どこへ行ったの~!!何で~!!助けて~~!!」

と保安官に助けを求めるものの、遠くにいってしまったようで見つからない。これはあとで考えると、この後の処置を話し合っていたらしい。プロフェッショナルに(?)本人の前では話さないということか。

しばらくしてみなが帰ってきて、またいきんでーが始まった。その時には、私は助産婦さんの手を渾身の力で握り締め、

「もう置いていかないで!!一人にしないで!!」

って叫んでいた。これまで妊娠期間を共に過ごし、分娩中も横で手を握ってくれていた保安官よりも、助産婦さんの方が、なんだかこんなときはよっぽど頼りになり、安心できるのであった。不思議なものである。

しかし。努力のかいもむなしく、頭は降りてこない。

「ちょっと立ってみよう。たったまま頭が下がるのをしばらく待ってみよう。」

先生らに体を支えられ、分娩台から降り、立ち上がった姿勢のまま、また放置される。当たり前ながら陣痛はひっきりなしにやってくる。私がこんなに苦しいということは、中の赤ちゃんも苦しいのかな。。。

しばし立った後、また分娩台に横になる。ギリギリまで頑張ってみよう!という主治医の方針で、最後の力を振り絞って、汗をだらだらかきながら、とにかくいきむ。でも出てこなくてまた立ってみる、を数回繰り返したものの、状況は変わらなかった。

「最後の手段にかけてみよう!ダメだったら、緊急帝王切開しかない。だから頑張れ!!」

とついに先生が宣告。

なんと!?うちの子にかぎって!想定外すぎて、全然調べてなかったよ~~!!!

「最後に、また立ち上がって、スクワットみたいに、しゃがんでいきんでみよう!うんちが出ても気にしなくていいんだからね!しっかりお尻の方に力を入れて!」

でももう、すでに長い間渾身の力をこめていきんで来たせいか、体力がほとんど残ってなかった。それでも最後の力を振り絞ったけど、やっぱりダメだった。

あとで保安官に、

「きっと覚えてないと思うけど、最後のあたりは、泣きながらいきんでたよ。」

って教えてもらった。一生懸命すぎてホントに覚えてなかった。

吸引だったか鉗子分娩の選択もあったらしいのだが、よりリスクが少なく、安全な帝王切開に選択が下された。予想外の展開にショックだったけど、私は疲れきって呆然としていたので、も~ど~にでもしてくれぇ~という状態になってた。ただ吐き気がしたので、口元に入れ物を持ってきてもらい、いつでも吐ける状態にしておく。2時間に渡る普通分娩、困難のままに終了~。そして、目を閉じ、ぐったりしたままストレッチャーに載せられて手術室へ移動。最後に聞こえた声が助産婦アシスタントの

「ポブレシータ…(かわいそうに…)」

最後に私が発したのが、先生に対する

「帝王切開ってどのくらいの時間で終わりますか…?」

痛くて苦しくて死ぬほど頑張ったのに、まだこれから2部が始まるのかと思うと、これから赤ちゃんと会えることも忘れ、悪夢としか思えずつい出た質問。答えは30分、だったけど、最初の最初から最後まで数えれば1時間くらいかかったのだろうか。出産はもうこの時点で想像をはるかに超えてた。でもこの地獄みたいな時間もいつか終る時がくるんだから!!と、どこかで自分を励ましてた。夜中に先生呼び出して、面倒なことになっちゃって申し訳ない、なんて思った。安産になるように、イメトレしてたのに、意外と難産になってるのをどこかで笑ってる自分もいた。手持ちの安産グッズを全部まとめて荷物に入れてきたから、神様同士がケンカでもしたのかしら。

全然お得じゃない、まさかのbuy 1 get 1 free。

その3に続く…


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アルゼンチンで出産・単なる記録&体験談 その1

¡Felices Fiestas!

真夏のクリスマスも滞りなく過ぎ、あとは年末年始を残すのみですが、結局出産エピソードもネタにすることにしました!アルゼンチンで出産…と言っても、初めての経験だったし、別にどこの国でも、日本でも、宇宙の無重力とかでない限りさほど変わらないと思われ、特にここだからどうの…って内容は微量かもですがあしからず!日をまたいだ出産なみに、この記録&体験談も年をまたぐ予定。また、本当に単なる記録だし、すんごい長い上に、痛い辛いグロい話が出てくるので、苦手な方は以下、ぜひぜひスルーしてください~!

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予定日の翌日12月4日の早朝6時ごろ陣痛に気づく。さすがにこればっかりはわかると聞いていたけど、最初のころは半信半疑。気づいたときには、10~15分間隔、軽い生理痛程度で全然我慢できたので、寝ていた保安官は起こさず。朝っぱらから、友達と「来たっぽい~!」なんてチャットしてガハハと笑ってる余裕もバリバリあった。

途中で間隔のリズムが崩れたため、お昼も普通に食べ、昼寝もかまし。夕方ごろトイレに行くと、いわゆるおしるしというやつがあった。入院中のセサミもんのお世話があるので、近くに泊まっている両親に来てもらい、合鍵を渡し、夕飯を作ってもらい、病院に言われてた、ちょうど陣痛が5分間隔になってから2時間がたつ間に、夕飯をバッチリ食べてから病院へ向かう。夜8時半くらい。痛みは少し増してたけど、この時点では全然余裕。

タクシーで病院に着き、入院の手続きを終えると、まずは陣痛室に入る。当直の助産婦さんと助産婦アシスタントがやってきて、色々チェックしたり、書類にサインさせられたり。アシスタントに点滴を打たれるが、右腕失敗。あとで青あざになる。左腕に打ち直し。よくいる点滴下手な人だ…なんだか幸先悪いなぁ…。赤ちゃんの心音と、自分の陣痛を計る機械をつけられ、病院用の服に着替え、ベッドに横になる。音の出ないテレビをみて気を紛らわせ、深呼吸して陣痛をやり過ごすうちに再び助産婦さんが来て、指を入れて子宮口がどれだけ開いているかチェック。

「あれ、破水してるわねー!」

えー余裕ぶっこいてご飯食べてました。おしるしがあったので、生理用ナプキンをあてていて、ちょろっとの破水はそこに吸い込まれ、赤ちゃんの頭がフタになってそれ以上流れなかったということで、全く気づかなかった。そして助産婦さんが、グルグルとおまたのところをやると暖かい水が、どひゃーと出てきて、

痛いぃぃいーーー!!!

この辺から急激に痛みが増す。それでもまだ、陣痛室で、本格的な陣痛待ちの間に写真に収まる余裕あり。でも時々、デカイヤツがきて、そろそろ深呼吸だけじゃ辛くなってきた。そばにいてくれる保安官が、モニターに数値として出てくる陣痛を見て、

「あーーー今の痛いでしょーーー!!」

とかいう。これか、出産経験者みんなが言ってた、

出産時の旦那はほとんど役に立たないか、むしろムカつく

ってやつは!!と一人心で笑う。ほんとにさー、もう痛いのはとーぜんわかってて、「痛くない痛くない」って脳内でマインドコントロール、念仏唱えてるんだから、わざわざ教えてくれなくていいのに。ちなみに「あー来た来た、今のは特に痛いでしょ!」と言うのは分娩中も続いた。だから言わなくていいってば!!

しかしこれ、本番になると、痛くない痛くない、って念仏となえる余裕すらなくなる。痛いのを通り越すと、赤ちゃんにもうすぐ会える喜びとあいまって、気持ちよくなるなんて噂も聞いていたけど、嘘ばっかり!ただただ痛い!苦しい!もうわけわからん!2時間くらい陣痛室で、さらに間隔が短く、痛みが強くなるのを待った後、確か歩いて分娩室に行ったんだったかな?記憶が途切れ途切れ。この頃にはすでに、陣痛が来てるときに誰かに話しかけられても答えられない。トイレに入ってる間に陣痛が来ると、固まる。助産婦さんに、「分娩室に入ったら、無痛分娩の麻酔を打つからねー、痛みが治まるからもう少し我慢して」と言われる。つか、私、

いつ無痛分娩にするって言ったっけ?

言ってないし?選べるんじゃなかった?と思ったが、もはや断る理由も特になかった。少しでも楽になるなら、なんでも打ってくれー!そして分娩室で、座って、麻酔医に腰に無痛の注射を打ってもらった。その注射が痛いんじゃねーの?と思って怖くて、「痛くないの?」って助産婦さんに聞いたけど、全然痛みはなかった。

「5分たったら麻酔が効き始めるから、次が最後の痛い陣痛だから我慢して乗り越えてね」

と助産婦さん。5分よ早く過ぎて。

そして5分経ち、どう?よくなったでしょ?と助産婦さんが確認。

いーえ、めちゃくちゃ痛いです!!全然変わりません!!

と涙目に訴えると、あらそう、量が足りないみたいだからもう少し足しましょう、と。痛いわ、必死だわで、段取りもよくわからないし、担当医もまだ到着してないし、どうしたらいいのか慌ててる自分。

麻酔を足してもらっても、相変わらず特に効いている気はしない。よくわからない状態のまま、いきみに突入~~知らぬうちに、助産婦、助産婦アシスタント、麻酔医の他に、主治医の産科医、それから当直の産科医らしき男性と5人、そして保安官に囲まれていた。深呼吸して~~息をとめて、はいイキんで~~!!という例のあれが始まる。横になって、右手で右足首、左手で左足首をつかんで、おへその辺りに目線を集中していきむ。目は閉じちゃダメ!というアドバイスを貰っていたので、それだけを気をつける。一度の陣痛につき2回のいきみ。最初のうちは上手くいきめず、だんだん慣れていったような気がするんだけど、絶え間なく来る陣痛で、もうほとんどパニック状態。いきみと同時に、助産婦さん2人がお腹の上に飛び乗るように、思いっきり赤ちゃんを押し出してる!!きゃーーー!!って普段なら思うけど、そんな余裕もなし。赤ちゃんは、お腹の右側の方によっかかるカタチではいっていたので、右腹を搾り出すように押される。お願いっ、早く出してー!!出てー!!

分娩室に入ったあたりでは、「順調ね!きっとあっという間に終るわよ!陣痛も上手く耐えられてるし上出来!赤ちゃんも小さいはずだからするっといくわよー」という感じで、いきみ始めてからも、「よしよしいい感じよ~!!その調子~!!」っていうノリで今夜中に産まれるなーって空気だったんだけど、途中から雲行きがあやしくなる。。。

どうも、赤ちゃんの頭が降りてこないらしい。

でも私は、2分置きにやってくる、生理痛のラスボスみたいなのと、腰の骨が粉々に砕けそうな陣痛が来るたびに、いきむ(もしくは休憩する)のでただただ必死だったので、記憶や、その順序などがあやふや。というわけで、ここからはあとで聞いた話も含む。

その2に続く…

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プロフィール

とんちゃん

Author:とんちゃん
横浜生まれの千葉県育ち純日本人。2000〜2009年UKで暮らし、ある日北欧に呼ばれ旅したところ何故か南米人と出会う。ひらめきと風にまかせ第2の故郷スコットランドを後にし、2009年10月よりブエノスアイレスへ。縁あって住むことになったアルゼンチンを自分自身もっと知るためにも、誰かに伝えたい何か、毎日の出来事を書いています。時々ほったらかしのブログを継続して使っているので、初期の記事はスコットランドにいたときのもの。ブログの良いところはいろんなネットワークが広がること。いつも好奇心いっぱい、楽しいことと面白い出会いが好きです。どうぞよろしく!

気づけば2014年7月より家族でノマド生活中。現在サンタフェ、アルゼンチン。

保安:
うちの彼。アルゼンチン人。コンピュータギークのエンジニア。出会った時は学生、今はいわゆるデジタルノマド。

セサミもん:
うちの猫。2008年5月生まれのスコットランドにゃん。

ネナたん:
うちの長女。2013年12月5日ブエノス生まれの地球人。ネナ(スペイン語でちっちゃい女の子)たん、とはお腹にいた時の愛称。



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